75回目の終戦記念日

こんばんは。管理人です。ここ二日間、たくさんのご注文を頂きましたが、私も人の子、お墓参りとお盆の行事があり、発送が遅くなったことをお詫びいたします。さて、本日8月15日は75回目の終戦記念日です。私は戦後生まれですから、戦争を知らない日本人ですが、祖父が中国で戦死しておりますし、89になる母親は西宮の軍事工場に学徒奉公で空襲に会い、九死に一生を得た話も聞いております。天皇陛下は先の戦争で近隣諸国に対する深い反省を述べられておりますが、私は私なりの考えを持って終戦記念日を迎えました。

日本が米国を始めとする白人社会と戦争を始めた時、アジアのほとんどの国は独立国家ではなく、白人の植民地でした。白人によるアジア各国の植民地経営はひたすら現地の産物を手に入れるためのものであり、奴隷のように扱われていたのです。しかし日本の植民地経営は決してそうではなく、同じ日本人として教育し、たとえ韓国人であっても、台湾人であっても優秀な人材は日本人として支援したものでした。最近お亡くなりになった台湾の李登輝前台湾総裁は京大を卒業していますし、韓国人からも陸軍大佐になった人もいます。台湾における日本の植民地経営は、産物と労働力を搾取するだけの白人の植民地経営とは違い、インフラを整備し、学校を作り、搾取するどころか投資をしてきたのです。私は白人の植民地経営と戦った先の日本人に何も恥じることは無かったと思っています。

しかし日本は重大なミスを犯しました。一つは同じアジアの同胞で白人に侵略されまくっていた中国と戦った事。もう一つは戦後処理がまずかった事です。10年先、20年先までの戦略を持つ米国は、日本のマスコミを抑え、悪いのは戦前の日本人と言う考えを浸透させました。私が子供のころ、ローハイド、奥様は魔女など米国テレビドラマを見た覚えがあります。いつの間にか原爆を落とし、東京大空襲で大殺戮を行った米国は日本人の心と教育を変えることに成功しました。日本の失敗は、その米国の戦略にはまっただけではありません。共に戦ったアジアの同胞に対して、しっかりとサポートしていないことです。

海外旅行にもいろんなスタイルがあるでしょう。ツアーで行く、現地ガイドを雇う。たくさんの国に行って外国通のような気分になっている人もおられるでしょう。しかし私、管理人は、一人か数人の社員を伴って世界を回ってきました。その時に強く感じたのは、自分が日本人である。という事。日本人としての先の戦争に対する自分の考え。言葉よりもこういう事が重要なのだと思い知らされました。中国のレストランで小日本鬼子(シャオリーベンクイズ)と怒鳴られた事。また大好きな台湾花蓮でも、行きつけのBARでタイヤル族の若者に、日本語で日本悪い!私の家みんな貧乏、日本のせいとつっかかられた事もありました。私たちは島国の中で、日本語だけを話し、日本は素晴らしい国だと思って生きていますが、本気で外に向いて出た時、自分が日本人であるという事を深く考え、日本人としての考えが求められるのです。

皆さま、横井庄一さん、小野田 寛郎をご存じでしょうか?戦争が終わって長い年月が経ってから、日本に帰国した元日本兵ですね。しかし実はもう一人いたのです。彼の名は中村輝夫。1974年にインドネシアのモロタイ島で発見された彼は、ジャングルの中で30年も孤独な戦いを続けたものの、台湾原住亜美族の出身であったことから、日本の扱いは冷たく、よずか6万円ほどが支給されただけでした。私が台湾原住民に対し何か支援をしたいと思う気持ちはここにあります。日本人は台湾を大好きですし、台湾人もまた日本人が大好きですが、本当の台湾の先住民は彼等亜美族をはじめとする16部族の人々で、戦前は彼らの共通語は日本語でした。

その台湾の原住民は花蓮や台東の日本人Т移民村で共に働き、先の戦争では多くの若者が志願して共に戦ってくれました。彼らは高砂義勇兵と言い、その勇敢さと、忠義心は日本兵以上とも言われたぐらいで当時の軍関係者は一様に彼等への感謝の言葉を惜しみませんでした。最終的に彼らは日本と共に戦い4000人もが亡くなりましたが、日本政府は彼らに戦後補償をしていないのです。それが彼らの中にある反日の心であり、台湾社会の中で彼等原住民は、悪い言い方ですが下に見られています。彼らの多くは辺鄙な台湾東部および山岳地域に住んでおり、農業と漁業への従事者が多いです。彼らは貧乏ですが、並外れた身体能力を有しており、私はその秘密が彼らの野菜スープにあると見ました。徐々にではありますが、彼等原住民の産物を日本に紹介し、売り上げの一部を彼らの将来のために使い、日本から観光客が増えるように努力しようと思います。

戦争が終わって75年も経ちましたが、本当の意味での戦後処理は終わっていません。皆様どうかご協力を!私が親しく付き合っているのは、亜美族の有力者で李文選と言います。彼はとても優秀で、日本の東大にあたる台湾大学を卒業し、台北で弁護士をしていましたが、原住民の土地が二束三文で台湾人に取り上げられているのを見て、花蓮に帰り、原住民の生活と土地を守るために働いています。急に貧乏になったので嫁に逃げられ、寂しくて夜中に私に電話してきますが、とても心根の良い友人です。歌とダンスはもうすごいレベルです。良い奥さん候補いればよろしくお願いいたします。