花蓮2

動画を見ていただけましたか?素晴らしいでしょう!しかしね、私が皆さまをいつか、花蓮にお誘いしたい理由は花蓮が美しく、観光資源が多いからだけでは決してありません。私は日本人です。いつ、どこにいても日本人としてのidentityを忘れたことはありません。むしろ海外に長く暮らした日本人であるからこそ、日本人としての誇りや、過去の歴史を否応なしに深く考えさせられました。海外には、過去の日本人、我々の祖先が残して来た、日本人の歴史があるのです。良い事も、悪い事もあります。例えば、中国の湖北省の田舎で、友人に家に行ったところ、おばあさんが日本人が来ると隠れて出てこず、話を聞いてみると日本兵士に犯された経験があるとの事。私はおばあさんのところに行き、手を握ってお詫びの言葉を伝えました。彼女はあなたが悪いんじゃないと言ってくれましたが、中国人を丸太と呼んで人体実験をしていたのも事実です。戦争と言う普通ではない極限状態におかれた時、人は鬼にもなれるのでしょぅね。

明日は終戦記念日ですが、米国が日本で行った大殺戮の歴史はいかがでしょう?進駐軍が日本の教育を変え、戦前の日本人を戦争の犯罪人に仕立て上げましたが、広島と長崎に落とした原爆は、人類初の人体実験であり、戦後の世界で優位に立つためにやったものです。また東京大空襲では、風向きを計算し、逃げ惑う人々を一か所に追い込んで皆殺しにしたのです。我々はちゃんとした戦後教育を受けていません。この花蓮は、日本人と原住民が作った町なのです。今でも近隣には舞鶴、瑞穂と言う日本時代の名前がそのまま残っていますし、日本時代の小学校、精糖工場、山林伐採基地、神社などが大事に保管されています。この花蓮近くにはたくさんの日本人移民村が存在し、古い農家跡、日本人が作った温泉などもあります。

明日、書きますが、この地で日本人と共に町を作り、共に戦ってくれた原住民に日本人は冷たすぎます。花蓮は観光都市ですが、祭英文政権になってから、中国からの旅行者がぱったり途絶え、観光に携わる人たちは、中国との関係を良くして中国人観光客を呼び戻したいと考えています。これを放置することは出来ません。私は使命感として花蓮に日本人観光客を誘致し、少しでも貢献したい。日本人として、日本の名前で戦死した4000人の原住民に対して、戦後補償を一切しなかった日本政府に代わって、出来ることをやりたいのです。これは原住民の代表、花蓮の国会議員からも要望されております。私はこれから台湾原住民の薬膳をお勧めしますし、いつか花蓮に皆様をお誘いしますが、売り上げの一部は、冷たい日本政府に成り代わって、原住民支援に使うつもりです。

今でもほっと行きたくなるのです。花蓮。私は日本人が作った紅葉温泉に泊まり、ネギおやきを食べて、借りた単車でぶらぶらするのがお気に入りです。いつか皆様をお誘いします!私と深い旅行をしましょう。